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東京地方裁判所 昭和53年(行ク)6号 決定 1978年3月17日

申立人 朴煥仁

被申立人 名古屋入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 菊地健治 久保田誠三 ほか二名

右当事者間の執行停止申立事件について、当裁判所は、当事者の意見をきいたうえ、次のとおり決定する。

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負但とする。

理由

一  本件申立ての趣旨は、

相手方が昭和五二年一一月四日付で申立人に対して発付した外国人退去強制令書に基づく執行のうち送還部分の執行を停止する旨の裁判を求める。

というにある。

二  よつて検討するに、本件疎明資料によれば、次の事実を一応認めることができる。

1  申立人は、昭和一〇年八月二五日山口県下関市において韓国人父朴華植、同母姜夭禮の三男として出生した韓国人であり、同二一年五月ころ兄朴煥求を除く家族八人で本籍地(韓国全羅北道南原郡)に引き揚げ、同地の小、中学校を経て南原農業高等学校を中退した後家業の農業に従事していた。同二七年一〇月ころ韓国から本邦に有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで入国したが、発覚し、同年一一月一二日付で福岡入国管理事務所主任審査官より外国人退去強制令書を発付されて、同年一二月二五日韓国に強制送還された。更に、同二八年二月ころ大阪市居住の兄煥求を頼つて再び本邦に有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで入国し、以後兄の古鉄販売業の手伝い等をしていたが、同三〇年九月外国人登録法違反容疑で逮捕され、同年一〇月六日付で名古屋入国管理事務所主任審査官より外国人退去強制令書を発付されて、同月一八日大村入国者収容所に収容され、同三一年四月三日仮放免された。

2  申立人は、昭和三四年四月ころ韓国人楊禮(同一〇年四月八日生)と結婚(同三五年六月二〇日入籍)し、名古屋市に居住して建築用鋼材の販売業を営み、更にその後喫茶店及びレストランを経営するに至つたが、右喫茶店及びレストランは同四五年ころまでに経営不振により廃業した。この間同三六年六月一五日付で出入国管理令(以下「令」という。)第五〇条の規定により在留期間一年の在留特別許可を与えられ、以後同四九年六月一五日まで在留期間更新許可を受け、妻との間に長男朴京基(同三四年一一月一二日生)、長女朴有美(同三六年七月一四日生)、次男朴憲(同三八年四月一三日生)、次女朴美里(同四四年一一月二五日生)の四人の子をもうけた。

3  申立人は、かねてより金吉正から多額の債務の返済を要求され返済に窮した結果、昭和四七年一一月ころ金吉正及び金相錫と共に放火により火災保険金を騙取することを共謀し、同年一二月一七日申立人及び金相錫において現住建造物放火の実行行為を担当し、その後金吉正において計画通り保険金を騙取し、申立人は、同四九年五月二四日名古屋地方裁判所において現住建造物等放火罪及び詐欺罪により懲役五年の刑に処せられ(同年六月八日確定)、三重刑務所に服役した。

4  申立人は、前記のとおり令施行後に一年をこえる懲役に処せられ、かつ在留特別許可の在留期間である昭和四九年六月一五日を経過して本邦に残留していたので、名古屋入国管理事務所入国審査官は、同五二年三月二二日申立人を令第二四条第四号ロ及びリに該当する旨認定し、更に同所特別審理官は、口頭審理のうえ同年六月二一日右認定に誤りがない旨判定したところ、申立人は、同日法務大臣に対して異議の申出をしたが、法務大臣は、同年一〇月二四日申立人に対して右異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、次いで名古屋入国管理事務所主任審査官は、同年一一月四日申立人に対して外国人退去強制令書発付処分(以下「本件処分」という。)をした。同所入国警備官は、同月九日仮出獄した申立人に対して右退去強制令書を執行して同所に収容し、同月一〇日以降大村入国者収容所に収容中である。

5  申立人の妻は、申立人の前記服役後はサラリーマン金融店の店員や名古屋市外電話局の電話交換手として勤務し、兄弟の援助を受けて生活している。また、申立人の兄朴煥求は、名古屋市に居住して古鉄商を営み、申立人の父母も昭和五一年二月来日して右兄と同居しているが、申立人の姉一人、弟二人、妹二人は、いずれも韓国に居住している。

三  ところで、本件申立てに係る本案の訴えは、本件処分の取消しを求めるものであるが、申立人が右訴えにおいて本件処分の違法事由として主張するところは、申立人はいわゆる一時帰国者であり、したがつて前記認定の犯罪前に永住許可の申請をしたならば、許可されて然るべき地位にあつた者であるから、法務大臣は本件裁決に当たり、申立人が本邦に在留二五年を越え、本邦の社会に定着している事実と共に、申立人の右地位を十分に考慮して然るべきものであつたこと、申立人が退去強制されるときは申立人の家族は永久に離散することを免れないから、右退去強制は憲法第二四条及び国際人権規約B第二三条第一項が保障している人権としての家族の権利を侵害するものであることに照らすと、法務大臣が申立人に在留特別許可を付与することなく本件裁決をしたのは、その権限の行使において濫用ないし権限の踰越があり、したがつて右裁決を前提としてされた本件処分も違法である、というものである。

しかしながら、令第五〇条の規定による在留特別許可は、法務大臣の広範囲な自由裁量に属する恩恵的措置である。そして、申立人の主張する国際人権規約Bは、わが国を法的に拘束するものではないのみならず、申立人が韓国に強制送還されればいつたんは申立人とその家族の離別を招来するけれども、申立人の家族はすべて韓国人であるから、家族が韓国に帰国することにより、申立人とその家族が生涯にわたり生活を共にすることになんら困難はなく、また申立人の職業経験及び申立人の姉弟妹計五名が韓国に居住している事実からすれば、申立人とその家族が韓国において生計を維持することは不可能ではないし、特に前記認定のとおり、申立人は不法入国者であつて在留を特別に許可された身でありながら、悪質かつ重大な犯罪を犯し懲役五年の実刑判決を受けた事実に照らせば、申立人は本邦において出生したこと、再度にわたる不法入国の後在留特別許可を与えられ相当な年月にわたり本邦に居住してきたこと、申立人の子女はすべて本邦において生育してることなどの前記認定の事実及び疎明によつて認められるところの申立人がキリスト者であつて自己の犯した罪を悔い更生を誓つている事実などを考慮しても、法務大臣が申立人に対して在留特別許可を与えなかつたことをもつて、法務大臣の裁量が甚だしく人道に反するとか、著しく正義の観念にもとるということはできず、法務大臣の裁量権の行使においてその範囲の逸脱ないし濫用があつたものとは到底いうことはできない。したがつて、本件裁決及びこれを前提としてされた本件処分に申立人主張の違法はないものといわねばならない。

四  そうしてみると、本件申立ては、行政事件訴訟法第二五条第三項後段の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するものと認められるから、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

よつて、本件申立てを却下することとし、申立費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民申訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 三好達 菅原晴郎 成瀬正己)

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